東京地方裁判所 平成2年(ワ)4298号 判決 1990年9月27日
原告 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 富永義博
被告 乙山春夫
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録二記載一から三の各建物を収去して、別紙物件目録一記載の土地を明け渡せ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の求めた裁判
一 主文一、二項と同じ。
二 仮執行宣言
第二事案の概要
原告の請求は、原告が被告に対し普通建物所有目的で賃貸している別紙物件目録一記載の土地について、契約の目的である建物が朽廃したことにより賃貸借契約は終了したとして、賃貸借終了に基づき、同土地上の別紙物件目録二記載一から三の各建物の収去と同土地の明渡しを求めるものである。
一 争いのない事実等
(証拠によって認定した事実についてのみ、該当箇所に証拠を摘示する。)
1(原告と被告との間の土地賃貸借契約)
原告の曾祖父亡甲野松太郎は、大正一五年八月五日、被告の父である亡乙山松夫に対し、普通建物(非堅固建物)所有を目的として別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を賃料一か月金三円二〇銭、賃貸期間三年と定めて賃貸した(以下この賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。
その後、右賃貸人・賃借人双方が死亡し、原告が亡甲野太郎を経て賃貸人の地位を承継し、被告が亡乙山松夫の賃借人の地位を承継した。
昭和三一年八月四日及び昭和五一年八月四日の各期間満了後において賃借人は土地の使用を継続し、これにより、本件賃貸借契約は更新された。
2(旧建物の建築)
乙山松夫は、本件土地を賃借後まもなく、同土地上に木造平屋建(一部二階)居宅(一階三三平方メートル、二階三平方メートル、計三六平方メートル。以下この建物を「旧建物」という。)を建築し、これを所有して来た。そして、乙山松夫の死亡により、被告が同建物の所有権を相続により承継した。
3(建物二及び建物三の建築)
被告は、昭和四四年五月頃に別紙物件目録二記載二の建物(以下「建物二」という。)を、同四七年五月頃に同目録記載三の建物(以下「建物三」という。)を、それぞれ本件土地上に建築し、これを所有している。
4(旧建物の取り壊しと建物一の建築)
平成二年五月二四日、被告は旧建物を取り壊し、同年六月六日、別紙物件目録二記載一の建物(以下「建物一」という。)を建築した。これに対して原告は、同月中旬異議を述べた。
二 本件訴訟の争点
1 旧建物は朽廃したか。
2 旧建物が朽廃したとした場合に、被告が他の建物(別紙物件目録二記載一~三の建物)を所有して本件土地の使用を継続していることにより、本件賃貸借契約は更新されたか、それとも被告の借地権は消滅したか。
第三争点に対する判断
一 争点1(旧建物の朽廃の有無)について
1 証拠によれば、次の事実が認められる。
(一) 旧建物は、もともと中級以下の建物であって、昭和四四年ないし四五年の段階において、倒壊の恐れは当面ないものの、柱が細く歪んでおり、柱と建具の間が少なくとも二ないし三センチメートル開いているうえ、外側は薄板で打ち付けているのみであって、下見板等もかなり傷んでいる状態であった。そして、昭和四四年に提起された甲野太郎(当時の本件土地賃貸人)と被告間の訴訟の鑑定においては、昭和四四年当時のその耐用年数は三年から五年と評価された。
(二) 平成二年五月の取り壊し直前には、旧建物には壁も床面もなく、屋根も雨を凌げる状態ではなく、建物全体が傾いていて、一見して、人が居住できる状態ではなかった。被告も一〇年程前から旧建物には居住していない。また、被告は、警察から、旧建物は危険であるから取り壊すようにとの勧告を受けていた。
(三) 平成二年三月、被告は、その娘と妻を通じて、原告に対し、旧建物を建て替えたい旨申し入れたが、原告はこれを拒否して本件土地の返還を要求した。そして、同年四月一一日、原告は本件訴訟を提起した。その後、同年五月二四日頃、被告は旧建物を取り壊し、同年六月六日頃その跡に建物一を建築した。
2 以上の事実によれば、旧建物は、被告がその建え替えを原告に申入れた平成二年三月には、時の経過により既に建物としての効用を完全に失っていたというべきであるから、遅くともその時期には朽廃していたものと認められる。
二 争点2(借地権の消滅の成否)について
1 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 建物二は、昭和四四年五月頃に、被告の子供の勉強部屋として建築されたものであり、その床面積は約九・九平方メートルである。そしてこの建物には台所も便所もなく、現在は物置として使用されている。
(二) 建物三は、旧建物が傷んだことから、昭和四七年五月頃居住用に建てられた仮の建物であり、その床面積は約一四・九平方メートルである。そして、現に被告夫婦の住居として使用されている。
(三)建物二及び三を建築するについては、被告側では賃貸人の承諾を得ていない。
2 借地法は、借地人保護の観点から建物所有を目的とする借地権の存続を強く保護しているが、法定存続期間満了前に建物が朽廃した場合には、借地権は消滅するものと規定している(借地法六条一項、五条一項、二条一項)。これは、当該賃貸借契約の目的となった建物が建物としての効用を失った場合には、借地人保護の要請が失われる、との考えによるものと解される。
ところで、《証拠省略》によれば、賃借人であった亡乙山松夫は、旧建物建築後である昭和四年一〇月一二日、賃貸人の甲野松太郎に対し、賃貸人の承諾なく借地上に他の建物を新築しないことを約したことが認められる。そして、この建物新築禁止特約は、右の状況下においては契約自由の原則の範囲内のものとして有効である。
そこで、建物の朽廃による借地権の消滅の成否は、当該賃貸借において借地人が賃貸人に対し賃貸借の目的ないし基礎として主張することができる建物についてこれを判断すべきである。すなわち、建物の新築についての賃貸人の承諾、その他新築建物を借地人が賃貸人に対し賃貸借の目的として主張し得る特段の事情のない限り、借地権は、当事者間で賃貸借契約の目的として合意されていた建物が朽廃した場合には消滅するものと解すべきである。したがって、右特段の事情のない限り、新築禁止特約に違反して建築された建物は、借地法六条二項の「建物」にも含まれないと解すべきである。
3 これを本件についてみるに、《証拠省略》によれば、建物一の新築は、賃貸人である原告の明確な異議を無視して被告によってなされたものであり、同建物の新築について、被告が原告に対しこれを賃貸借の目的として主張することができる事情は存在しない。
次に、建物二及び三については、先に認定したとおり(前記1の(三))、その建築について、被告は賃貸人の承諾を受けていない。のみならず、昭和四四年に原告の前賃貸人甲野太郎(原告の夫)が、被告に対し提起した本件土地の明渡訴訟において旧建物以外の建物の建築を解除原因として主張していることに照らして、賃貸人が新建物の建築を承諾しないことは明らかな状況であり、被告もこのことを十分承知の上で建物二及び三を建築したものと推認することができる。したがって、右各建物についても、借地人である被告が賃貸人に対しこれを賃貸借の目的として主張し得る特段の事情は認められない。
4 そして、原告は被告からの旧建物の建て替えの申し入れ後直ちに本件訴訟を提起しているから、原告は被告の土地使用の継続に対し遅滞なく異議を述べたと認められる。したがって、被告の本件土地に対する借地権は、その目的となっていた旧建物の朽廃により消滅したものというべきである。
よって、原告の請求は理由があるから、これを認容すべきである。なお、仮執行宣言については、その必要がないものと認めて、これを付さないこととする。
(裁判官 岩田好二)
<以下省略>